SOTO

イリデッセンス・カラーシフト

登場キャラクター

5.ヒロイック・ランデブー



 輝かしい存在というのは、瞼の裏に貼りついて消えない。

 ――例えば、彼女の、眩い瞳の色だとか。

「ねぇ! 大丈夫!? 傷だらけじゃない!! 保健室に行こう! 待ってて、私今ジャージ持ってるから…………こんな、ノートも、教科書も……!」

 上履きは無かった。スカートも破かれた。頭から汚水をぶちまけられて、大事なノートは切り裂かれた。必死にバイトで働いて買った教科書だって踏みつけられてぐしゃぐしゃだ。先生たちも曖昧な笑みばかりを浮かべて助けてはくれない。
 なのに、目の前に現れた少女は。何の見返りも求めないで、あたしの汚れた手を引いて、助けようとしてくれていたのだ。
 汚水で汚れるだろうに自らのタオルを差し出し、自分の衣類や上履きまで貸し出そうとする少女。汚れるのなんか厭わない、明らかに虐められているあたしを避けようとせず、痛みに寄り添う姿勢を見せた。

 その目の眩い輝きを、ひとは何と呼ぶのだろう。
 学がないあたしですら、ただそう思ったのだ。

 星だ。焼け付くような星に目を焼かれ、脳みその奥まで焼き付いて、あたしにとって輝くような少女は、このクソみたいな生における、眩い北極星となったのだ。

 *

「打ちこみが甘い!!」

 ヴ、と苦い血の味がする。みしりと身体が軋む音がした。相変わらず容赦のないハンマーのスイングを受けきれなくて、手に持ったナイフで衝撃を殺そうとするが、おもちゃみたいに身体が飛んだ。
 視界がぐるぐる回って、脳みそが激しくシェイクする。気持ち悪さで酩酊しつつも、細い糸を掴むような必死さで意識を紡ぐ。そうして、ぐるりと身体を無重力に逆らって足からどうにか着地する。足の裏が痺れる感覚。反撃の構えを取るが、既にもう自分を追い込むことを定めていたハンマーの風が迫っていた。

「やめー! もうやめだってば、カイラナ!! 一体何時間やってるわけ!? ボクの貴重な時間をどれだけ奪う気!?」
「………………ああ! もう二時間経っていたか」

 あたしの目の前でピタリと止まったハンマーに、心臓がド、ド、と激しく打ちこむ。危なかった、本当に。今度こそ死ぬかも、を脳裏に過らせていたのだ。
 この女は容赦がない。本当にバトルにまっすぐすぎて、常に生存のギリギリを求めてくる。
 命がいくつあっても足りないを体感しながらも、昔よりは何とか形になっただろうと鼻血を拭った。運動場にあたしの汗と血が散っていて、汚いなと思った。

「ちょっとさあ、最近しょっちゅう模擬戦ばっかしてない? あんたらさあ……。せっかく女子なのにお洒落とかに興味ないわけ?」
「そんなチャラチャラしたもんはあんたの専門でしょ。興味ない。やる気ないなら帰りなよ」
「本当可愛くないブスだな……」
「黙りなよ女顔。本当に玉ついてんのか?」
「は?」
「あ?」

「辞めろ、イライザ、カストル!! つまらない喧嘩ばかりするな!!」

 はあい、と生返事がカストルと呼ばれたナヨナヨした男から飛んでくる。ひらりと踵を返せば、あたしより少し背の高い背中を可憐にリボンが踊っている。
 癪に障る男だ、言動全てがイライラする。あんなナヨナヨして女っぽい恰好をしているのにも関わらず、あたしよりもずっと似合っている。顔だってあたしよりずっと綺麗な肌をして造形もかわいい。
 なるべく視界に入れたくなくて、あたしは自分の荷物の中の水筒を取り出し、スポドリをがぶ飲みする。二時間も戦い続けた身体は相当乾いていたようで、水分が染みるようだった。

 かつて、ガラルから留学してきた時、自分の故郷をよくしたいという願いで経営学科にいた。
 その後、紆余曲折を経て今。バトル学科のレイドバトル部に在籍したあたしは、毎日のように武器を振り回し、効率的な戦い方を学んでいる。
 模擬専用の木造ナイフの柄に染み付いた血豆の瘡蓋がじくじく痛む。乱暴に汗を拭うと、バタバタと雨のようにラウンドに散った。やっぱり、汚い。

「やあ、イライザ。今日はこれまでにしよう。後はストレッチをしておくといい」
「……………………あたしに指図すんな。ストレッチはするけど」
「ふむ? そうか!! 私は少し身体を動かしてから帰るつもりだからな。また明日会おう」
「……………………」

 くしゃりと顔が歪む。爽やかに去っていく少女は、勝気な顔をしているが綺麗にパーツが整っていて、日焼けにしているのにシミひとつない。そばかすまみれのあたしとは大違いだ。
 そんなことを考えてしまう自分が嫌になり、空になった水筒を乱暴に鞄の中に投げ入れる。
 無性に素振りがしたくなる。だが、それをやるとカイラナという少女が意気揚々と武器を振り回すから諦めた。
 腹の奥に淀んだ叫びたくなる心地を拭い去るように、あたしはぐっと屈伸を開始した。

 昔のあたしは、こんなに強さに餓えていなかった。どちらかと言えば、現状を打破する知恵を求めていたのだ。
 だから、あたしは必死に勉強しありとあらゆる制度を悪用したり悪知恵を働かせて、このパルデアという場所にやって来た。知恵の味を得るために。

 あたしの住んでいる場所は、ガラルでもあまり裕福なところではない。ガラル鉱山が隣接しているその場所は、所謂ドヤ街といった様相をしている。
 ガラル鉱山は「願い星」の主要産出鉱山なのだ。厳重な監視下で採掘は行われている。もし願い星を流出させたのならば、悲惨な目に合っていった。それなのに、マクロコスモスは高給を渡すわけではない。歩合制にしたせいか、採掘家たちの連携は壊滅的で、裏切りと陰謀に塗れていったのだ。

 古くから住んでい採掘家は、その理不尽さに耐えられず消えて行った。当たり前だ、何の利も得られず搾取される一方だ。マクロコスモスへの悪評を叫んでも、世間の理解は薄い。だったらこの不愉快な場所から去った方が手っ取り早いと振り返りもしない。
 そして、代わりに流される噂は。願い星という資産価値を釣り上げ一攫千金を夢見た愚かなひとびと。そうして出来上がったのは、数日すればすぐにひとの顔が入れ替わるドヤ街というわけだ。

 最悪な場所だった。早く、逃げなければならない。あたしは生まれてからずっと、それを感じていた。
 ガラルという場所は、冷酷だ。一部の存在が平穏を得る代わりに、いつ搾取されるか分からない。ワイルドエリアなんてものがあるせいか、貧しいあたしたちと恵まれたやつらは大きな壁で区切られていて、一生超えられそうになかった。

 変わりたかった。その壁の向こうに行きたかった。恵まれない育ちと馬鹿な頭、そして鏡で見てもわかる可愛くない顔。両親だって「可愛く産んであげられなくてごめんね」なんてあたしによく似た顔で泣くものだから、そうか、あたしはブスなのだと実感する。
 何かに秀でなければ生きていけない場所で、あたしは何も秀でてはおらず、逆に劣り続けていたのだ。

 結局、あたしは弱かったのだ。
 弱くて、幼くて、バカだった。そして、カストルが言うように美人でもないブスだった。
 だから、多分。経営学科のお嬢様たちには気持ちの悪い虫みたいに思えたのかもしれない。だから、踏み潰された。あたしの尊厳は。

 そんな死にたくなる日々の最中、手を差し伸べた少女がいた。
 マルガリータという少女。明るくて、気さくで、憎らしいほどまっすぐな子。輝かしくて、目の奥が潰れそう。ヒーローみたいで、本当、嫌になるぐらい。
 ひどいぐらいに憧れて、嫉妬もしたのに、愛おしい星だった。

 あたしの思考がその少女を想起していれば、日はすでに落ち、あるのは眩しいばかりのライトに浮き彫りになった影。
 日陰にしか存在できないあたしの人生みたいで、反吐が出た。

 *

「あんたさぁ、なんでそんな必死なわけ?」

 宝探しが始まり数日。
 カストルが笑いながら「あの野郎、無様に負けやがった!!」と騒いだのを覚えていたあたしは、陰険な野郎の発言を不愉快に思いながら汗を拭う。
 朝から運動場走り込みをしていて、今切り上げたばかりだった矢先のあたしは眉を顰めた。走るのはいい。嫌なことを考えなくて済むから。
 そんな爽やかな心地を台無しにした女顔に唾でも吐いてやろうかと顔を歪めた。普段からブスな顔がもっとひどくなるのを自覚しながら、「なんで陰険野郎にからかわれるのに言わなきゃなんないんだよ」と吐き捨てた。

「はぁ? なんでそんなイライラしてるわけ? まぁ、ボクは美人で可愛いのはわかってるけど。ただ疑問に思っただけで、別に……」
「あたしはお前と話すの嫌いだよ。そのツラを見せるな」
「は!? ……ハァッ!? なんだよ、心配してやったってのに……!!」
「お前が心配してるわけないだろ。……知ってるぞ、お前らみたいなやつはひとをこき下ろすために心配するフリをするんだってな!!」

 あたしが睨みつけると、お綺麗な面をぐしゃぐしゃにして真っ赤になり、「もういい!!」と荒々しく去っていった。最悪な心地でもう一度走るかを考えている最中、また誰かが近づいてきていた。
 足音を立てず、暑そうなパーカーを羽織って目線を足下に向けたままの陰気な少年。カストルに似ても似つかない、彼の弟だった。

「……………………ごめん、兄さんが」
「ああ…………エンリケか」
「嫌な気分にさせてごめんね…………あのひと、ナチュラルにひとを見下すのが癖で……」
「ああ……まぁ、そうだな……気にしてないってったら嘘だけど、あんたが謝ることじゃないだろ」
「……そうかな」

 暗い目の中には、隠しきれない兄への嫌悪が窺えた。
 レイドバトル部に入って依頼、あたしが話すのは基本的にエンリケだ。二人ともお喋りじゃないし馴れ合いが好きではないのでしょっちゅうでもないけれど、話すとしたらこの少年だった。
 カストルなんかは論外で、カイラナは部長として手合わせをしたりするが、仲良く話すなんて想像できなかった。根明すぎて、価値観が合わない。言葉を交わす自体がひどいストレスだった。
 運動部だからか、基本的に明るい奴が多いからだろう。だが、経営学部の奴らと違い、彼らは基本的に自分しか興味がなかった。だからある意味、生きやすくはあった。――あたしの劣等感ばかりは、消えはしないけれど。

「兄さん、前は自分しか興味がなかったのに最近イライザさんにもよく突っかかってるんだよね……」
「アレだろ、部長を独占したいだけだろ。あの女顔――っと、悪い、あんたの兄貴だったわ」
「……いいよ、別に。気にしないから」

 気にしないことはない。あたしがエンリケと話しやすいのは、消えない劣等感が共通するからだ。
 エンリケは隠しているようだったが、カストルへの悪評を聞くと途端に機嫌が良くなる。彼の評判が地に落ちるほど、仄暗い喜びを隠せないようだった。
 自信家で明るく強くて人気者の兄。双子なのに、いつからか差がついた。逃げたくて彼が嫌うであろうバトル学科に逃げ込んだのに、部活まで追いかけて自分と同じ場所で比較するように周りに見せつけてくる。……あたしだって劣等感に苛まれそうだ。

 だから、あたし達は同じ目線にいる。暗くて淀んだ感情。他人に踏みつけられた自尊心を抱えて、劣等感を飲み込んだ同志だった。

「……それにしても、宝探しか。イライザさんも行くの?」
「宝探し? ああ、……そうだな…………」

 宝探しと言われても、あたしの心は踊らない。
 自分だけの眩いものを見つける。校長が言っていた耳触りのいい言葉が胸の内を叩く。あたしには、響かなかった。

「さあな。……なんか、適当にレポート出して後は運動場にいるよ」
「……そう。僕もそうするよ。兄さんは宝探しをするみたいだし」

 下手に行くと言っちゃえば、連れ回されるでしょう? と、傍観と嫌悪が滲んだ発言をするエンリケの言葉が耳に入る。
 あたしはぼんやりと同意している最中、校庭の端で喧しく騒ぐ声がして二人でふと顔を上げた。

「――もう、よろしいですわ!!」

 その声を、あたしは知っていた。
 カサンドラ。腹が立つぐらいの美人ですらりとした体躯。貴族と呼ばれた家の生まれで、バトルの腕も立つ女だ。
 消えない正義感と闘志で燃える目をした彼女は、吐き捨てるようにそう言って、校庭から去っていくところだった。

「……あれ、死神貴族だったっけ?」
「………………ああ、確かそんなんだった」

 死神。彼女の家は葬儀にまつわる一切を担っている。それ故、口が悪い奴らはそう陰口を叩いている。
 死神、死神か。――あたしにとっては、死神の方がまだ褒め言葉に聞こえるよ。あいつはただの、力を奮いたい偽善者なんだから。

 *

 あんな啖呵を切ったってのに、死にそびれた。
 白い天井を見ながら、あたしは思った。

 生来身体だけは頑丈で、劣悪な環境でも風邪ひとつなかったあたしの肉体は、四階からの高さを落ちたのに、手足の骨折だけで済んだ。
 多分、頭から落ちるべきだった。だけど、植え込みがクッションになっていて、うまく死ねなかったかもな、を考えてしまった。

 本当は、死ぬつもりも半々だった。
 でも、死ぬしかなかったと思った。

 あたしだけなら良かったんだ、と繰り返す。
 セイナダとかいう巨大な家のお嬢様の鶴の一声で始まった壮絶な虐め。バックにいる家の強大さに、取り巻き達はそれはもう、驚くぐらいに派手にやった。見咎めてしまった教師が二人ぐらい消えたあたりで、その勢いは過激さを増した。
 ひどい話だ。あんなに普段は鼻高く自分は先生だと言いながら、それ以上の権威に膝を負ってる無様さが。

 ありとあらゆる屈辱を、恥辱を味わった。あたしの訴えも、懇願も踏み潰した。何故、を考える。万年筆の件だって、嵌められたんだ。いつも控えている執事に聞けば、分かる話なのに。
 そうだ、聞く気がない。あいつは知る気がなかった。最初から無知で無垢なお嬢様のツラをして、あたしを貶める女だったのだ。

 あたしはただ、愚かで馬鹿だったから、無力だった。
 毎日死にたかった。髪もズタズタにされて、ザンバラの前髪で隠しきれなくなった顔で泣いた。
 あたしが、何故。ただ、変わりたかった。息をしやすくするために学びたかった。たったそれだけの切実な願いも、靴底に踏み潰されていた。

「大丈夫!?」 

 たった一人だ。
 あたしの北極星。あたしの明け星。マルガリータと言う、あたしのために戦ったただひとり。

 クラスだって違うのに、階段の下、非常口の隅で泣くあたしを見つけた少女。あたしの環境を知り、あのセイナダの取り巻き達を諌め、先生に訴えたあの子。
 取り巻き達が、あたしの代わりに彼女を虐めようとしたと聞いた時。あの屈辱と恥辱を、あたしの明け星が味わうのかと思うと耐えられなかった。

 そうだ、そのために飛び降りた。
 セイナダという、残虐な女を知らしめるため。あの女は、ひと殺しだと声高に叫ぶため。
 あの瞬間、命は惜しくなかった。あたしの明け星が、あたしのために泣いてくれること。ただそれだけが、喜びだった。

「どうして、イライザちゃん……」
「ごめん、ごめん……でも、あたしは……」
「私は怖かったよ。友達が窓から落ちていく光景を見るなんて、もう二度と……」

 真っ先に面会に来たのは彼女だった。まあるい目から溢れる涙が、この世の何よりも綺麗だった。
 仄暗い喜びだった。あたしのために泣いてくれた彼女。あたしの存在が刻まれる瞬間が。眩しくて、憎らしいあの子が傷つくのは、あたしのためだけであってほしいと、願うほど。

 だから、あたしは。あの日、飛び降りたのはあまり後悔していなかった。
 あのセイナダの姉とやらが口封じの為に金を積んできたが、結局あの女は部屋から出られなくなったらしい。そうであれ、憎まれろ、そして消えてしまえと、あたしの心は暗い喜びに満ちていた。


「――は? 面会? さっきマルガリータが来たのに?」
「ええ、同じ学校の生徒です」
「……………………」

 骨折した足を動かすためのリハビリをする最中だった。看護師に声をかけられたあたしは、首を傾げる。
 マルガリータは先ほど来て少しばかり話をした後だ。忘れ物でもしたのだろうか、自室に歩を進めた。

 ――そこにいたのは、これまた美人だった。
 すらりと長い体躯に日に焼けていないような白い肌、キュッとしまったボディライン。暗めの色のカールした髪の奥に見えるその顔は、小綺麗にパーツが整っていた。
 いかにも上等な香が焚きしめられた衣類は、動くと空気が変わった。

「……誰だよ、あんた」

 あたしにはこんな女の知り合いはいなかった。
 いたとしても、あのセイナダの取り巻きみたいな、上品なお嬢様達の中のひとりだったりするかもしれない。だが、奴らは一度も見舞いに来なかった。来ても虫唾が走るから別にいいが。

 上品そうな女は、「初めまして」と女教師みたいにきびきびと自己紹介をする。

「私、カサンドラと申します。アイゲストナー家の長子、と言えば分かりやすいかもしれませをが」
「……家名なんか言われても知るかよ。つまり、なんだ? あんた、お貴族様ってことかよ?」

 剣呑な雰囲気が漂う。貴族にいい印象などないあたしの警戒が向こうにも如実に伝わる。
 何しに来たんだ? セイナダとかいう女の取り巻きか? と空気を締め上げる。貴族の女は、生来の鋭さを緩めず口を開く。

「……まずは、謝罪を。遠方から留学に来てくださったあなたをこのような目に合わせたことを」
「……はぁ?」
「以後はこのようなことがないよう、アイゲストナー家が全霊をもって守護させていただきますわ。私、このカサンドラもその所存です」
「……………………」

 何を言っているんだろう、こいつは。
 冷や水をぶっかけられたような不快感が全身を覆う。意味の分からない言語を喋る女の早口を、嫌な気分で聞いていた。

「私はあなたの境遇を知り、憤りました。ですから、あのゼファケット家の暴挙を許さない為にも徹底的な抗議を――」
「……待てよ」
「……はい?」

 よく喋る演説を止められたせいか、女の眉根が寄る。
 やっぱりな、と思った。
 こいつ、あたしのためなんかで動いていない。お貴族様が弱味を見せたから、この女はあたしをついでに保護して、保護者の特権でセイナダの家を糾弾する気なんだ。

 なんだよ、こいつ。あたしのために動く気がない。足を引っ張り合うために、あたしを利用する気なんだ。あたしの怒りが伝わらないのか、「何か問題が?」と鋭い言葉が飛んできた。

「あんた、あたしのためじゃないだろ。――ただ、あのセイナダって奴を責めたいだけだろ。そのためにあたしを保護するなんて大ボラ吹いて懐柔しようって魂胆か?」
「は……? いえ、私はあなたのために――」
「黙れ!! 一度だってあたしが一番辛いときに助けようとしなかったお貴族様がしゃしゃり出てそんな寝言を吐くな!!」
「違います、そんな――」
「うるせぇ!! てめえ、お貴族様の権力争いにあたしを使おうって魂胆だろうが!! 今更出てきてあたしのため!? 今更出てきて何をぬかしてんだお前は!!」
「いいえ、聞いてください!! これは大義の為で――」
「大義の為にあたしを使おうとするなんて反吐が出る。あんた、あたしを理由にただ正義を振るいたいだけの屑野郎だよ!!」

 失せろ!! と花瓶を投げつける。激しい音と陶器の割れる音。看護師の悲鳴と共にひとが集まってくる音がする。
 ここまで否定されたお貴族様――カサンドラとかいう女は唇を噛み、踵を返して去っていった。

 虫唾が走る。虫唾が走る!!
 あたしの苦しみを利用しようとする奴らが嫌いだ。あたしがどれだけ傷ついても、あたしの北極星以外は手を差し伸べなかったくせに。
 今更なんだ。あたしが命を賭して叫ばなければ伝わらなかったやつらの寝言が不愉快で、ムカつきがてらに枕を殴りつけた。
 清潔なシーツ類からは、僅かしか埃が舞わなかった。

 あたしはただ、自分の力で成し遂げたいだけだ。セイナダって奴への仕返しも。自分の道を選ぶのも。

 雁字搦めの劣等感。首を絞める生きにくさ。
 でも、あたしには明け星がある。彼女を導として、追いついた時に――この生命は、その瞬間のためにある。
 だから、――誰も。あたしの邪魔をするな。そんな誓いを胸に、生きていくと。決めたのだ。
 


当に星は登っている。