Scolding of the ocean

▼ よそ様のお子さんとの絡み

≪おともだち…？≫
【バトソン様宅】
「え……あ……ありがとうございます……そんな……いいものじゃ…、ない、のですが……そ、その……う、嬉しいです…！」
アガットさま(ｿﾞﾛｱｰｸ♀)【呼び方/アガット様】…特異的な精神状態に興味を持たれて、色々とお話ししてくださります！
「ギ、ガ、アアアアアアアアアアア！！！！！さ、わるな……触れるな、ぐ、うううううううう！！！！！！」

≪おともだち≫
【楽人様宅】
「どうも……ルルカさん。僕ですか？ええ、その……僕はいつも通りですよ」
ルルカさま(ｼﾞｬﾛｰﾀﾞ♀)【呼び方/ルルカさん】…お友達！聖女のように清廉なお姿に憧れもあります！

延焼

信仰とは。神とは。願いとは。祈りとは。
それは確固たる意志だ。純真なほど盲目に。盲目な程に揺るがない。己の正義の指針であり。己の生き方の縁そのものだ。

イッシュには坐する神が明確には存在しない。
故に、国教というものが無い故に、自分の信じたいもののみを信じろと、その「群れ」を統率する価値観など均一化のしようもなかった。
ある意味、どこよりも自由と言える。
自分のやったことに責任を負う。ただの当たり前のことすらできぬ冒涜を自由と呼んでいいものかは、誰も知り得ることなどはなかったが。

――イッシュ三大カルト教というものがある。
ひとつ。理想を追い、砂の中に埋もれながらこの国の明日を厭う「砂漠の民」。
ひとつ。真実を求め、塔にて審判を待ち焦がれこの国の先を祈る「塔の民」。
ひとつ。英雄を否定し、道を指し示すのは絶なる神、「フレスヴェルグ」なるものを信仰する徒、「シンビデューム」。
これらはイッシュを席巻し、一大勢力として、蔓延る裏社会の一部として食い込んでいた。
主張する言葉を強めれば強めるほど、力は要する。故に、思想の合わない他者を切り捨て、蹂躙し、凌辱するのは当然として。結局のところ。彼らは恐れられ、忌まれ続けていた。

イベティオ、という少年がいた。
イッシュ地方では珍しい、ヒウンシティの中心部。中流家庭。それなりに普通に生きられる程度の生活で、父も母も暖かにイベティオを育んでいた。
ひとつだけ。違和感があるとすれば。父の言葉の中に、「ゼクロムとレシラムなんていない」――伝説を否定し。どちらかと言えばシンビデュームに近い思想を持つ社会集団に属していただけ。ただのそれだけのしこり。

それでも平和だったのだ。ただの違和感を飲み干すほど、穏やかな日々が続くと少年が信じ切っていたその日だった。
白いのっぺりとした法衣を纏った謎の男たち。それが無理矢理家の中に圧し入った瞬間、父は呟く。――塔の民だ、と。
幼い少年の目の前で父はあっけなく捕まった。鈍い音。断続的に聞こえるその異音に、少年の幼い想像力でも何が起きているかなどすぐさま予測がついた。湿った音。鈍い音。父の呻き。濁る言葉。自分を抱えて逃げようとする母は髪の毛を掴まれ、引き倒される。部屋の中央に転がり出されたただの女が、終ぞ悲鳴が消えた父の遺骸のすぐ横で。衣が裂ける音がした。

動けなかった。
は、は、と荒い声が自分の耳元で聞こえる。誰の声か、遅れて己だ、と気づくのには暫しの時間を要した。
部屋の隅。収納棚の隙間。少しでも自分が見つからないようにと祈る時間。足元まで伸びた血と、既に関節ではないところで折れ曲がった手足の父。寄ってたかって踏みつぶされた蛙のようなくぐもった悲鳴が消えていく母という光景。幼い子供が泣き喚くこともできないほどの恐怖で固まるも当然だった。
ふ、と。自分の顔に影がかかる。何が起きているかなどまともな思考回路が動かず、ただ許されるまま見上げると、白い幽霊のような男。小さく飲み込んだ声を吐きだせないまま、手に持ったナイフが振りかぶり――。




数時間後。
遠くで、サイレンの音がして意識を取り戻した少年は目を開けると。父の遺骸のみが残されたその場所で座り込んでいました。
額の傷は思ったよりも浅かった。顔面の派手な傷のせいで出血はそこそこ派手に見えてしまうが、ズキズキ痛むだけで致命傷ではない。
母は、と問いかける前に。カーテンが風にばたばたと激しく煽られているのが目に見えた。ああ、閉めないと。ずるずると肉体を引きずって立ち上がる胡乱な少年の耳に、野次馬の声が聞こえた。

――女が、飛び降りた。それが母であることなど。今はまだ、知る由もなかった。


異常思想は感染する。
カルト信者によるテロが頻発するイッシュ地方において、身内に一人でもそれに準ずる者がいるとなると、家族単位で忌まれる。血縁者ならば猶更。兄弟関係だと自分の潔白の為、その兄弟を容赦なく売り渡す。それが通説だ。
イベティオという少年の家族が何故狙われたのか。調査の為に押収された遺品の中に、父が「それに準ずる者」ということが発覚した瞬間、親族はいきなり手のひらを変えた。そもそも、塔の民である者たちに直接わざわざ家に押し込んで殺されるなど、恐らく目を以前からつけられていた。生き残りなど手元においておきたくない、という判断だったのだろう。

どこにも行けない。戻れない。帰れない。
足を踏み外すように、少年は空中に浮いた。抱えた傷を癒せぬまま、孤児院行きの話が進んでいく。イッシュの孤児院など、ろくなものはない。恐らく、何かしらの思想に染まった異常な場所。力もなく、ただ生まれたことが罪の子どもたちは、色んな悪意の焚火となる。明日を夢見ることを諦めた方が、ずっと楽だ。

そして、彼は悟ったのだ。
――何の力も無い自分は、ただ搾取されて。絞りかすの自分には何も残らないのだ。力が無いから、こんな目に合うんだ。

ある日。“それ”は音もなく。そしてうっそりと笑って。手のひらを差し出す。


「こんにちは。世界につまみ出されちゃった子。居場所が欲しいんでしょう？では、とりあえず止まり木は与えてやりましょう。それから欲しいものは、自分で掴むのです」

行き場も無い彼は、“それ”の手を取るしかなかった。
この時、イベティオという少年は、14歳を迎えたばかりだった。




*****

――「彼」がいる、と明確に自覚したのは、シンビデュームの門を潜った数日の内。

シンビデュームがカルトとして数えられる教えのうち、「異教徒の殲滅」がある。
この教えは、邪教と認定したものを「異教徒」とし、それを積極的に滅ぼすのが通りとなっている。この場所に居続けるには、それがどれだけ嫌でも苦しくても、頭を垂れねばならない。

武器は何でも構いませんよ。ああ、君に一番合いそうなものはこれでしょう。

そう言って、モノクルをかけた“それ”はその武器を手渡そうと両手で恭しくまるで神具かのように扱う。
それは無骨なハルバードだった。時折脈打つように明滅する赤い模様が不気味だ。

鍛えられたこともなく、普通の一般家庭の少年がそのようなものを振り回すのも些か滑稽だろう。自分の様相を客観視するたびに、幻聴のようにくすりくすりと笑い声が聞こえた気がした。
まるで、武器に振り回される幼児が目に映るだろう、と予測してか。同じような心無い者の声が、さざめいて――握りこんだ瞬間、消えた。

血肉。

引き裂いた何もかもの中心で、何故か自分は武器を杖替わりによろめきながら腰が落ちる。

何故。どうして。そんな。
鈍い痛みが全身に走る。まるでひとしきり無理に暴れた筋肉痛が全身に走るような、そんな重たさ。
何が起こったのか、何をしたのか。分からないほど、己は愚かではなかった。

怯えるような目。怪物を見るような目。異物を見る目。

恐ろしい。
その恐ろしさを後目に、“それ”は。ぱち、ぱち、ぱち、と。ごきりと折れた首を治しながら笑っている。

「素晴らしい」
「“君”は、確かに教えを受けるに相応しい器だ」

まるで祝福するように、男は笑う。
そもそも、普通の存在なら死んでいたであろう折れ曲がり方をした首に、思わず悲鳴が出た。真横に折れた首の骨が飛び出しているのにも関わらず、壊れた人形の中身を作ろうように、「教祖」と名乗った男は、元の位置に首を戻しただけで、全く最初から何もなかったかのようにそこに立っていた。

自分は、何をしたのだ。
いや。分かっている。返り血塗れの自分が何よりの証拠だ。これで何も分からないと駄々をこねるほど、愚かな子どもに成り切れない。
だが、それでも。否定するしかなかった。全てを。自我を、自分を、全てを。この武器のせいだ、自分が、自分がそんな凶暴性を持っているだなんて信じたくない。

恐らく。自分の中にもう一人が住んでいることを、彼は朧気に自覚しながら、目を瞑り続けることを選ぶしか道はなかった。
そうしなければ、生きていけないのだから。

並行路の君

解離性同一性障害。

イベティオが抱えるその心の瑕疵の名。
始まりはこの「武器」を手にしたときからか。何故、自分がああしたのか。何故、自分の中の暴力性が肉体に追い付かないレベルで発揮されたのか。
素質があったかと言われればそうかもしれないし、そうでもない。恐らく、その事件があったが故に「彼」は定着し、膨れ上がり続けた。

そも。少年の瑕疵は家族を奪われ部屋の片隅で震えたその日から始まっていた。
あの瞬間、確かに少年は「被害者」だった。圧倒的な何かに奪われ、搾取され、そうして居場所を放り出されて辿り着いた先は地獄。自分を慰撫し、「仕方がない」と諦められるにはちょうどいい、お誂え向きな悲劇の話。
少年はそれでいいと思ったのだ。それで「納得」すれば、この「不幸」に浸されても生きてはいける。生かされていける。だって、何故なら、それが「正しい」ことだから。
彼は悲劇に酔う事で、自我を慰めていた。

傷は膿む。しかして、世界は反転をする。
少年に手渡された「武器」。悲劇を延長するだけのただの象徴が、少年の立場をひっくり返す。
何故、彼は「暴力」を成しえたか。それはイベティオという少年にとって、結果論に過ぎない。必要なのは、彼が「加害者」に成り果てることができてしまったということだ。

力無き己だからこそ、奪われて当然だったのだ。
暴力に怯える己だからこそ、あの時悲劇は起こったのだ。故に自我は慰撫され、「悲劇」という快楽に酔える。反芻して、噛み砕いて、あれは「当然」だったと言い訳できる。

どうして。
そこでイベティオという「自我」に亀裂が入ったのだ。
悲劇に飲み込まれ、暴力は「自分の全てを奪う」というもので。自分が行使できるものではないのだ。
だが、現実は。教祖と呼んだ男の首をへし折って、殺したのだ。ただ、手違いで死ななかっただけ。

あの瞬間、芽吹いたものはイベティオという自我を裂き、彼という意識の中に、「もう一人」が住んだ。
ただ、それだけの話だった。

膿んだ傷は消えず。そして。肉を食らい、命を侵す毒となりながら。

絶

その裂傷を抱えて、ひとはどこまで生きられるか。


イッシュという地に、「ゼクロム」「レシラム」という英雄が降り立った瞬間、三大カルト教の「塔の民」と「砂漠の民」は湧いた。
己が信じる神は当然として存在していたのだ、と。

だが、神はその信仰を否定する。


「他者の命を捧げる者を許しはしない。我らは英雄。誇り高き命を愛する神。故に、お前たちは毒である」

神と呼ばれるだけはある。
巧妙に張った蜘蛛の巣も、全てを焼かれれば灰になる。
彼らは全て焼き尽くされた。名実。神の裁きさながら。かつて英雄の子孫同士の争いを無に帰すように、その迅雷と劫火は毒全てを焼き払ったのだ。

ならば、と。
そもそも、彼らを信仰していなかった我々は一体何なんだ？と。
「フレスヴェルグ」とはなんだ。我々は、一体何を信じていたんだ。

信仰の揺らぎは意志の揺らぎ。意志が揺らげば、組織の統率などあっけなく崩れるものだった。


イベティオはどこかで、この居場所の終わりを感じていた。
遅いか、早いか。逃げられるか、逃げても無駄か。それだけの話。

その日は、天気が悪くなりそうだとグレドリーと話し合って解散した後だった。
就寝前の日課の祈りを口にして、変わらずの毎日のルーティンをこなしているうちに、違和感を抱いた。

誰かの行きかう音が聞こえない。
石造りの少し寒々しい殺風景な空間は、足音が良く響く。なのに、消灯前だというのに自室の前を通る音がしない。
ひやり、と。背中を撫でるような、寒さ。予感だった。
思わず部屋の外に出る。
無音。ひとの気配は、とうにどこにもなかった。

皮膚を射す。熱。
嗅ぎ慣れた血。肉。死。
心の裂傷の膿が再来する。

思わず走り出した。足音を立てながら生存者を探す。ひとなどいまい。生きたひとなど。他人事のように思ってしまう己を振り払い、前へ前へ行く。そんな地獄が現実に追い付いた。
ずっと苦しいと思って生きて来た。この終幕がこれなのか。いずれ滅びるであろう思想の亡骸の行きつく果ては、地獄なのだろうか。
ただ、何も分からない。分かるのは、異常事態ということだけ。
走った。走り続けて、生きている顔見知りを探した。壁に塗りつけられた血肉は違うと、自己暗示しながら。

前。道の先。
男がいた。
頭の先からつま先まで、血塗れで幽鬼のように立つ男――聖騎士の装いではないダイツェンが立っていた。

その姿に立ち止まる。――ことなどできなかった。
その足が一歩進んだ瞬間。ごとん、と耳の横で音がして。灼熱の痛みが首元を支配した。

湿った音がする。質量を持った水が落ちていく。熱いのに、冷える。
何が起きたのか。最初から最期まで分からない。
分かるのは死だ。今まで恐れ、遠ざけ、何とか隣人にしないように足掻き続けて、唐突にそれは自分の今に追い付いた。

目の前に刃がチラつく。
かつり、かつり、と靴音がする。靴先が目の前に迫った瞬間。ガン、と鼓膜が割れたような感覚がした。


「奪ってきた命の数だけ、苦しんで怯えて、死ね。そして地獄に落ちろ。一生許されるな。貴様らは一生、許されると思うな」

お前たちは産まれたことすら罪だ。




意識は白む。
熱が冷えた肉体を炙る。

ぐるり、ぐるりと声がする。
もう既に許されないのだろう。分かっている。罪をそれだけ重ねてきて、いつか裁かれねばならない事だった。
地獄はいつか落ちるだろうと思っていて、それが今だっただけのこと。

納得しなければならない。この死に。人並みに傷ついて、人並みに救われたいなんて思ってしまうことすら愚かなことで。

ああ、でも、痛いなあ。痛いなあ。死にたくない。ただ、死にたくなかった。それだけだった。


指先に触れるものがある。
彼のほぼ死に差し迫った意識では、それが何なのかうまく映すことなどできなかった。
それは黒い球体――ヘルガナイトだった。

かつて、誰かを救いたいと笑う青年がいました。
かつて、誰かのためになればと笑う青年がいました。
かつて、仲間を思いやっていた穏やかな青年がいました。
かつて、幸せが欲しいと願っていた青年がいました。
かつて、内側に汚いものを抱えながらも、誰かのために生きたという証が欲しかった青年がいました。
かつて、生きてることを認められたかっただけの青年がいました。





何かが砕ける音がした。