星は何ぞと問われれば。
もう届かぬ過去である、と俺は言う。
***
この町に来るのは久々だ、と口の中で呟いた。
駅から一歩踏み出すと、もう十年近くの出来事は過去であると評すように、淡々とした日々が過去を再生していた。メェと無くウールーの声が田舎であることを殊更強調している。すん、と鼻を動かす。ひどく懐かしいほどの、牧草と土のにおい。既に最後の記憶の面影が無い幼い日々の懐かしさを反芻する俺の後ろで「すげえ田舎」と茶々を入れる馬鹿の足を渾身の力を込めて踏みつけた。ひとの故郷をなんだと思ってやがる。
ブラッシータウン。俺の生まれ故郷のすぐ近くに存在する、小さな町の名前だ。
普段の恰好はあまりにもあからさますぎる自覚はあったので、俺は適当なパーカーのフードを押さえながらガラガラと鞄を引く。俺一人ならばこんなデカい荷物を持たずに済んでいた。男一人旅ならそんなものだ。絶対に必要なものだけを鞄に詰めていたらリュックどころかウエストポーチで事足りる。だが、今回は生憎と一人ではない。……一人の方がずっと良かった。そんなうんざりとした感情を噛み殺しながら、うるさい付属物たちのことを無視して足を動かした。
「イェイツ、ここにダイマックスの研究場があるってマジで言ってる?マトモに資料も手に入らなさそうじゃん。田舎すぎて」
「うっせぇお前の小指砕けるぐらいまで踏みつぶすぞ」
「なんでそんなピリピリしてんの!?いやさあ、確かにサミュエル教授の言い方とあのおっぱいでっかい魔女の言い分にはムカついたけどさあ〜、ここが田舎と関係なくない?」
「田舎田舎連呼すんな、次言ったらエルボーだからな」
うっせぇなコイツ、マジで黙らせて簀巻きにしてやろうか……と狂暴な考えと悪友を置き去りにして速足で研究所を目指す。
地理は大きく変わっていないようだった。記憶の通り進めば古びた研究所は改装され真新しい白い建物に早変わりしていた。……嫌な記憶も引っ張り出したことを自覚して、俺は唇を噛む。
ここにはあまり長居したくない。特にこの喧しい悪友キャロルともう一人を連れていることも含め。二人とも魔術師ということを殊更も隠しもしないため、本当に連れて歩きたくない。故郷では特に。
そういえば、ともう一人の問題物件が静かなことに気づく。……ちゃんとついてきているのだろうか。どっかの駅で放ってきてしまったかと思った矢先、若い女の黄色い悲鳴が聞こえてきた。嫌な予感と共に振り返れば、胡散臭い鎧の男――ではなく、黒を基調としたスーツのすらりとしたツラだけはいい男が、女たちに絡まれにこやかに対応していた。
俺の後ろをついてきていたキャロルがまたかよ、とうんざりした声を出す。俺もため息とともに罵声を思いっきり放出したい。舌打ちと共にキャロルにスーツケースを握らせて肩を怒らせると女たちは少し怯えたように引き下がった。
「……おい、何してんだこのクソ野郎」
「ふむ?俺はただこの麗しいお嬢さん方に研究所はどちらかと尋ねただけだが……?」
麗しいと言われてそのお嬢さん方とやらはキャアと悲鳴を上げた。うるせえ。思いっきり舌打ちをすると悲鳴は収束した。
「それが大問題だクソ野郎。なんであっちこっちで騒ぎを起こすんだお前は。ソーシャルゲームのミッションじゃねえんだぞ。俺の怒りボルテージを上げて楽しいかお前は」
「何を言う。別に俺が自発的に騒ぎを起こしたことなど一度もないが?」
「大ありだが!!!!???何で学ばないんだテメェ!!!!脳みそまで鋼か!!??脳みそツルッツルか!!??皺がねえのか!!??」
「はて?脳が金属であれば俺はお前とこうして対話ができないと思うのだが」
「何常識言ってやったぞみたいなツラしてんだよ……本当嫌味が通じねえ……むかつく……お前のこと嫌い……」
「俺は案外イェイツの事を気に入っているし好きの部類だが」
「ありがとよ。願い下げだ」
そろそろと様子を見守るように円を組んでいた女たちに見せもんゃねえ!!と腹から叫ぶと渋々散っていくのを見送る。
これからもこんなことが何度も続くのだろうか……と考えると既に気が滅入りそうだ。だが、足を止めていられない。また集まってこられたらたまらないとスーツ男を引きずり、暇そうにウールーを見ていたキャロルの襟首も掴んで歩みを進めた。
本当は。故郷に戻って来る気はなかった。戻れるはずもないと思っていた。こんな形で足を運ぶなんざ嫌だった。
――こんなことになったのは、数日前に遡る。
***
「アレイスター・クロウリーの遺産の話は知っているかね?」
唐突に話打ってきたのは胡散臭い眼鏡――「総合魔術科」の講師役だった。
この男は魔術師として尋常じゃなく力がある部類の一人だった。それ故、人間性を犠牲にした。何かを失わなければ魔術師として大成できないのかというジンクスに則って、男は正しく人非人であり何かを提案するとなるとその内容は大概容赦なく慈悲がないものになる。幾度となくそれに巻き込まれてきた俺は苦い経験を思い出して、百ほど言いたい文句を飲み込んで「なんスか、急に」と嫌そうに返事をした。
「君の研究題目のことだ。……君にとって建設的であることは保証しよう」
「はあ。そう言ってこないだやらされたワケわっかんねえ実験で死にかけた記憶がまだ鮮明なんスけど寝言は寝てから言ってもらっても?」
「それはまあ、些事だ。君の身体能力なら逃げられると確証した上での証明だったのだよ」
「些事じゃねぇが??」
「まあ、その話は良い。また君に協力してもらいことは他にあるがそれよりも先に、アレイスター・クロウリーの話だよ」
「魔術師はひとの話聞いたら死ぬのか?聞けよ」
言外に「嫌だが?」を告げていても講師役はぎらりと眼鏡越しに魔眼を光らせる。よくやる癖の眼鏡のブリッジを押し上げて、俺がどうこう拒否しても協力(強制)する前提で話を進めるつもりらしい。相変わらず魔術師という生き物は、いつだって自分のしたい話しかしない。耳ちゃんとついているのだろうか。……そこに耳の形をしたものはくっついているはずなのだが、と宇宙人と話している気持ちになりながら口の中に飲み込み切れなかった舌打ちが響く。
アレイスター・クロウリー。知らぬ者などいない。
このガラルの地で最高峰の魔術師だった男であり、同時に最悪の怪物だった、という存在だ。
俺もそんなことなどとっくに知っている。この地で生きる者は、幼少期から恐ろしい怪物という名でその男を知る。その怪物の遺産をスタジアムで派手な演出と共にバトルに活用したり、ガラル粒子とやらを各種電熱エネルギーに変換して各家庭でもお手軽に使ったりと悪名の割にはいいように扱っているなということはヒシヒシと感じるが。
――そして。この男の開発した「ダイマックス」の完全封印、もしくは破却が俺にとっての人生の課題であり、毎日頭を捻っては講師役たちを含めた多種多様な魔術師に絡まれるというのが日常になりつつあったのだが。
「……アンタがその話を振ってくるとは思わなかったな。大概、俺をからかってくるもんかと思ってたけどよ」
「行使である私がからかうと?常に君が真剣なように、課題に真摯に向き合う生徒に対しては私も真摯に向き合った上でそれは困難であると言っているつもりなのだが……」
「うっせーな一言多いな!……んで、何だよ。アンタが何かしらその名を口にするってことは意味があるんだろうな」
勿論だとも、と眼鏡が持ち上げられる。ぎらりと魔眼が光ったかと思うと、その男は手袋越しに何故そんな派手に鳴るのか分からないレベルの高らかな音で指を鳴らした。
古びた円形の教室内に、古びたテレビを起動させたような電子音と共に、床から飛び出すように数多の青白い盤が教室の空間に大量に立ち上がり、チカチカと派手な光を明滅させた。見えるのは膨大なデータだろう。論文やグラフを見れば、どこかの学会で提出するようなパワーポイントの資料にも見えなくもない。だが、ここにそういった機器類は無く、これもまた「科学」によるものではない。
これが魔術師以外なら、最近流通が滞りなく隅々まで通った「ホログラム技術」だろうと解釈するだろう。だが、これは別物である。ホログラムの原理は、軽く省略すれば、光の屈折を利用して映像データを「虚空」に浮かばせるものだ。前時代は遮蔽物、恐らく光の投影する遮蔽物を要求されたが、その問題も突破された。
俺はそこまで科学分野に詳しくはないが――要は、光を脳の中に情報として届ければいいのだ。実物に照射して目に取り込ませればいい。
その前提を取っ払った上で実行したのがこの男の「魔術」。他者の内的世界を歪ませることに特化した、認識の災害そのものだ。
本来ならこの魔術はむちゃくちゃに面倒だ。そもそもホログラムのように俺の目で「認識」していると誤認させる必要などなく、脳に情報を入れればいい話だ。気分のいい話ではないものの、俺は自我領域には絶対の防衛も敷いているので多少の認識改変にも耐性がある。不要な侵略を防ぎながら情報の受け取りぐらいなら一秒にも満たず可能とはなる。
つまり、こんな面倒な手順を一瞬で成し世界を歪める真似を平然とできる狂人は――狂人はそこかしこにいるが、効率と非効率をあっさりと超えて現実にできる狂人は今のところ目の前のサミュエルという男しか知らない。
「アレイスター・クロウリーの封印措置の方法とその場所か。このナックルシティにあるのは知っている。が、何で俺に改めて幼年学校で教えるようなことを教えてくる?」
「端的な話だ。――我々協会はとある目的でアレイスター・クロウリーの復活を成そうと計画が持ち上がった。それに君も協力してもらいたいと思っているのだよ」
ハア?と俺の声が漏れた。
馬鹿げていると思った。俺に何故そんな話をした、と思う。
俺は確かにアレイスター・クロウリーの所属していた「黄金の夜明け団」を再設立した。何も知らない輩からすればアレイスター・クロウリーに憧れている、なんて反吐が出ることを尋ねられたりもした。そうではない。遊びだの憧れだので俺は設立したのではない。
まあ、今のところは今所属している人数はたったの三人で、かつてアレイスター・クロウリーが世界に残した大偉業を夢見た同年代とポンコツ先輩だけで揶揄われるのも当然か、とは思わなくもない。
俺は、その逆だ。
大偉業などクソ食らえ。アレイスター・クロウリーなど滅んでしまえ。封印など生温い、打破できる術があるなら打破したい、打ち滅ぼしたい。奴の残した遺産全て、破壊されるべきだ。だからその最大の皮肉としてこの「黄金の夜明け団」なんて名乗ったのだ。
失ったものがある。尊敬していた男の片腕を奪い、好きだった女一人も守れない無力な俺。その失ったものの帳尻合わせなんてくだらない感傷もあれど、……戻ってこないものを破壊しようとする意志で整合性がつくはずがなくても。
この世にある法則を、蔓延る大きな力の根幹を伐採し排除する。世界のシステムを変革する。愚かな騎士団が人民を守るとのたまいながら、災厄そのものの力をお遊びとエネルギーに使うこの世の在り方が許せない。いつ災害に変わるかもしれないそれを良しとする今が納得が出来なくて、俺は魔術師としてそんなものを全て破壊したくて、魔術の世界に身を投じたのだ。
苛立つ俺の眉間を指さすように、サミュエルの手が動く。警戒する俺の眼前にふわりと地面から青白い盤が視覚情報として認識される。その文字の羅列を読め、ということだろう。俺はホログラム越しに在るであろう無表情の男を睨みつけながら、一言一言恨みがましく噛み締めるように読み進めると、俺の感情が波を引くように冷える。
「おい。ふざけんなよ……これは……」
「そうだ。我々もここ最近発覚したことだが、アレイスター・クロウリーの封印は完全ではない、ということが判明したのだ」
「……何だと」
「奴は恐らく、この世に何かしら干渉している。“今現在”この瞬間においても、だ。恐らく封印されてやったぐらいの感覚だろう。……凡そ、三千年の潜伏期間だ。それによって成されたことは何だと思う?」
「……ガラル粒子の完全流通」
「そうだ。奴によってもたらされたエネルギーは今やこの世に馴染み、このガラルの地の中央から末端まで全てが完全に掌握されている。まさしく、大偉業だとも。エネルギーの流通問題は完全解決された。――そのエネルギーが本来どういったものであるか、誰も知らぬままに」
「……」
「我々魔術協会として。アレイスター・クロウリーがガラルにどういった災厄をもたらすかなど、どうでもよい。我々のあずかり知らぬところでひとが死のうが我々は関与するところではない。だが、最早ブラック・ナイトの再来は免れない。人民がただ与えられるものを貪った結果として嘲笑すらできよう」
そうだとも。自業自得だ、と思ってしまえば簡単だ。
大災害は封印されて、じゃあその遺物は危険ではないか、なんて精査もされず三千年も使い続けた慢心を。その慢心が腹立たしくて魔術の門を潜った己としては苛立つ部分だと親指の爪を噛む。
「――我々は奴の事を知らぬ。故に、何を目的にブラック・ナイトといった大災害を実現したのかすら我々にはあずかり知らぬことだ。君の目的はアレイスター・クロウリーの遺産の完全打破。……その手段を、奴が握っているとは言えないかね?」
アレイスター・クロウリーの強大さは、魔術の世界に入ってから日に日に増強する一方だ。
このダイマックスの原理は未だに全容が見えないほど複雑だ。恐らく末端に末端、少しだけ解明したことは、「ひとのこころ」と「認識」に作用するというところ。ただそれだけであり、その全容は一切果てが見えない。更に奴がその形として残した「願い星」は真理の一端にすら触れられない、力の塊だ。世界の常識を改変するほどの怪物が再びこの世に現れた時、俺はどうしようもないほどの無力に襲われるであろうことなど予測がつくほどに。
サミュエルは笑っている。
成程、俺が手づまりしている状況下を狙ってこの話を持ってきたんだろう。推論などすぐに浮かんだ。
解は。問いを残したひとに問え。些か早計ではと思う結論だ。……だが、サミュエルは俺が何を思って何を切り札にしてアレイスター・クロウリーの研究に切れ込みを入れようとしているかなど当に知っている。故に俺がこの話に乗らざるを得ないことも理解し、封印が完全に成されていない不安定な今を伝えてきたのだ。
腹が立つな、と思う。
やはり、この男も怪物だ。魔術師など、全てが怪物だ。ひとの心を捨て、ひとの倫理をとうに忘れ、ひとの理の外側から世界を解体したくてたまらない、異常者たち。それに従わざるを得ないことも、その道を選ぶしかなかった俺の道すらも腹が立つ。
俺の思惑など手のひらの上で、男はアレイスター・クロウリーを打破ができてもできなくても益があると見込んでの提案だろう。
「いいぜ。心底ムカつくし眼鏡叩き割ってやりてぇが、この話に乗る。……詳細を寄越せ」
「良い返答だ。イェイツ。君なら私の問いに応えるであろうと思っていた。……詳しい話ならばこちらにある。まずはブラッシータウンを目指したまえ。そちらに願い星が落ちるという計算がパーソンズから寄越された。……まずは、君にその回収を依頼しよう」
やはり、この男は体のいい駒が欲しかったのだろう。嫌味をひとつふたつ投げて寄越しても、男は笑って「期待している」と答えるだけだった。
***
研究所の見学の話なら順調に進んだ。
だが、進まないのはその先だ。
俺とはバレないようにフードとキャップを目深にかぶり、事情を説明する。
曰く。サミュエルの目論見は願い星の回収だ。
まずはこちらを回収し、以後は各種願い星を所持しているであろう各所をめぐりながらアラベスクタウンで依頼主と合流せよ、という指示を聞かされている。アレイスター・クロウリーを復活させる手段の詳しい全容はその依頼主が知っているであろう、という方針だった。
本来は俺一人で行動する予定で考えていたが、依頼主が「黄金の夜明け団」に話を持ち込んできたのだ。故にサミュエルは俺だけに今回の旅の全容を説明したわけではなかった。
俺に話を通す前に、歩く災害キャロルと厄介ポンコツ先輩エドワードの耳に入っており教室を出た俺を待ち構えていた。故に、準備もそこそこにブラッシータウン行の切符を何とか買い付けて転がり込むように乗り込んでいたのだった。
願い星は既に研究上に収容されてしまっていたらしい。そして、簡単に回収できないように厳重に警備を施したことも。
……ここはそもそも、ダイマックスというアレイスター・クロウリーの遺産に関連した研究所の一任者でもあるのだ。
十年前の災厄が記憶に再生される。実は。あの災厄の後、この研究所は一度解体の憂き目にあったのだ。
当然か。このブラッシータウンは若干ダイマックスに対して忌諱感を抱いている。俺が全て失った日の後、もしかしてこの研究所が何かしたのではないかと弾劾されたらしく、規模を縮小しながらも「二度とあのような目にはひとびとを合わせない」という強い志で再始動したために、願い星の扱いは異常に慎重だったのだ。
故に、俺たちが受け入れられるはずもない。見学だけでもとやたらと粘る俺たちににこやかに「警備を呼びますよ」と言われたので、すごすごと退散するハメになった。
所在なさげに二番道路をうろつき、研究所の裏側を睨みつけつつ、俺は頭を抱えた。出鼻をくじかれた。
「ハァ〜……まあ正面切ったらそうなるわなあ。どうすっかねえ。どこに隠してるかも見目つかねえ〜」
「面倒くさいから殺せばいいじゃん」
「発言に倫理観が無さ過ぎる。いい加減にしろその頭と口何のためについてんだ。殺意の波動に目覚めてねぇでとっとと頭を回せ」
「えぇ〜?」
完全に殺意しかないキャロルが何か軽食屋とかないの?と軽口を叩いてるのを聞き流しながら、俺は一人考える。
さて、ブラッシータウンに落ちると予測されていた願い星をどうするか、だ。
既に回収されて保管されたものを奪うのは難しい。俺はそういう探知魔術が得意なタイプではないし、後ろのポンコツどももどちらかと言えばそういうジャンルが苦手な部類だ。わざわざ火に油を注ぎに行く真似を再度したくない。家探しするといった無計画を実行するほど俺も馬鹿にはなれなかった。
……かといって、殺して奪うなどただの強盗だ。彼らは彼らなりに現状に真摯に向き合おうとしているだけ。その必死さを踏みつぶしたくはないな、と思う。例え、手段を選ばないと決めていてもだ。過ぎた非道は、何の意味もない。ただの消費にしかならない。
再度意識が表に返る。そういえば、いつも喧しい先輩の声がしないことに気づいて、俺は思わず後ろを振り返る。
大概、物騒発言をするキャロルに便乗してマジで余計なことしか言わないエドワードパイセンの声が聞こえないのは絶対何かをやらかしている時だ。予想通り、男は自身の魔術で行使するタロットカードを浮かせていて、悲鳴のような怒鳴り声を必死にかみ殺した。周囲にひとはいない。だがいくらなんでも非常識が服着た真似をあっさりとしすぎて怒りが頂点を超えた。
魔術師は基本、衆目で魔術を行使しない。何故なら後が厄介だからだ。そもそもこのガラルを支配する騎士団のトップの思想は基本、魔術師を仮想敵としている。邪悪な存在であり、忌まれるべきと打ち立てており、迫害ならまだ良心的で、中には魔術師に逆らったせいで村が焼けた事例など数えるのを諦めたことが多すぎる。魔女狩りと宗教戦争の火種は避ける方が賢明だ。
……まあ、講師役や魔術師たちが嘲笑しながら「ガラル粒子は魔術師由来のエネルギーなのだがな」と言っているのは悔しいが合意する部分が多すぎるのだが。
こんな序盤のところで通報されたくない、と警戒するが不思議とひとは周囲にいない。胸を撫で下ろす俺を後目に、バカは淡々と「星だな」と告げる。
「何がだよ。相変わらず人前で魔術を使うなっつっただろ!!」
「ひと払いは済ませてある。安心したまえ。それはそうとしてイェイツよ」
「あんだよ!!」
「あの研究所は“願い星”を持たない」
男の台詞に俺たちの空気は止まる。
差し出されたタロットカードに、アルカナの星がある。
「簡便に言うぞ。彼らは恐らく願い星と普通の隕石の違いなどつかない。……大体の一般人はそうだ。そう言えば規模を縮小した、と言っていただろう。恐らくそこで判別の手段が断絶し、彼らはある意味机上の空論をこね回すしかなくなっている現在だ」
「……なんだと?」
「それに、そもそも座標が違う上に時刻も違う。俺は先んじて座標の計算式を寄越されていたのでな、――ここから先、北東三km圏内。願い星の原石が落ちるだろう」
「それをなんで早く言わない!!??」
「言う前にお前は研究所に行っただろう。あと一分も満たないで落ちるぞ」
「クソが!!!!!!!!!」
凡そ三km。いくら研究所が無能とはいえ、二度落ちた隕石を回収しないと断言はできない。目視で確認できる位置にそれは現れる、と端的に告げる男に悪態を吐いて全力で駆けだした。
確認する。民家らしき場所が見える。一般人がまた回収したらたまらないと怒りに任せて駆けると、キャロルが笑いながら後を追いかけてきていた。
「……やはり、何度占っても出るな。イェイツよ。刑死者のアルカナ……。この道、何らかの強大な試練があると見えた。この国は波乱に満ちている。何、これもまた運命……面白そうなのでな、好きなだけ付き合ってやろう」
そんな男の独り言は、走り抜ける俺の耳には届かなかった。
物語の始まり